世界的なニュースになったジョージ・マイケル
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ファンだった私は、朝飛び込んできたニュースをにわかに信じがたく、今日も引きずっています。
2016年は、デビット・ボウイ、モーリス・ホワイト、プリンスが逝きました。
クリスマスの日に、亡くなったジョージ…。
ラストクリスマスが街中に流れると、「あ~、その季節が来たな」と誰もが思ったクリスマスシーズンに彼が逝くなんて、誰が想像したことか。
何より、偉大な人が亡くなったのだというのは、ファンならずともあらゆるニュースのヘッドラインで理解した方も多かったと思います。
そんな彼を悼んで、ジョージ・マイケルが作り出した世界をご紹介します。
黒人になりたかったジョージ
本名ジョルジオス・キリウコス・パナイオトウ。
キプロス人の父と、イギリス人の母との間に生まれたジョージ。
ラジオから聴こえる少年ジョージがカッコいいと思う音楽は、ブラックミュージックが殆ど…。
あのリズムやセンスは、追いつけないと考えていたジョージは、自分の中でヒーロー像を立てる。
それが「ジョージ・マイケル」の始まり。
ジョージ・マイケルなら何だって奏でられるといったところか?
実際、真剣に憧れたアレサ・フランクリンとのデュエットが出来るまで、のぼりつめたとき、音楽雑誌で尊敬する気持ちを延々とインタビューで答えていたことを今でも思い出します。
その後、数々のミュージシャンと共演を果たしますが、彼はずっとsoulを求めていたことが分かります。
キラキラポップを世の中に教えてくれたWham!
1980年代は、キャッチーでキラキラしたポップミュージックが、MTVから大量に流されるという音に溢れた時代でした。
81年Wham! RapでデビューしたWham!の衝撃…。
ファルセットと、地声を自在に操りながら10代の白人の若者が、何だか楽しそうに歌ってるらしい…。
それも、相方のアンドリュー・リッチリーもイケメンらしい…なんて、噂していたような(笑)
ラジオからそれが流れた時に、何て曲だろう?とメモするくらいキャッチーなヒット曲がそれ以来、何曲も続きます。
引用:youtubeより
そしてとうとう全米・全英1位のヒット曲caress whisperが世に放たれます。
引用:youtube
日本の音楽界も黙ってはいませんでした。
当時、郷ひろみ、西城秀樹が競作でこれに日本語詞を載せて出していたこともあるくらいです。
このケアレスウィスパーは、Wham!名義でなくジョージ・マイケル個人名義。(Wham!のアルバムに収録されています)
このヒットで、Wham!は、文化統制の厳しかった中国に、国賓扱いで招かれ、白人で初めてコンサートを開催します。
当時の中国人の一般的な月収の半分の値段だったコンサートに来た中国人。
ネットもない時代に、ライブがどんなものか分からず、でも一目見ようと来た中国人が直立不動で、コンサートを眺めている姿は、いろんな意味で衝撃的でした。
世界を動かすくらいのセンスがあったと言える出来事ですよね。
Wham!散後のジョージ・マイケル
ケアレス・ウィスパーで、個人プロデュース力が認められたジョージは、解散後初のアルバムがとてつもないヒット。
そのヒットアルバムがFaith
引用:youtubeより
グラミー賞では、最優秀アルバム賞を受賞しています。
この80年代後半は、ジョージ・マイケル、ホイットニー・ヒューストン、マドンナの三者の活躍が目立ちました。
ワム!時代から数えて、年間チャートのベスト3に、2曲ランクインされたジョージは、56年度のエルヴィス・プレスリー、64年度のビートルズ以来というから、その凄さがわかるというもの。
歌詞を巡って物議をかもすことがあったり、Faithの次のアルバムの売り方を巡って、レコード会社と訴訟となったり、アーティストとしては、最後まで主張がなかなか認められなかったことも多かったようです。
それでも、ずっと闘い続けていた彼の音楽性は、次第に人々に理解され、認知されていたと感じます。
ジョージ・マイケルの世界は残り続ける
アンドリュー・リッジリー
愛する友達ヨグが亡くなって悲しみに暮れている。僕や彼の愛した人たち、友人たち、音楽界、世界全体がそうだろう。彼は永遠に愛されるはず
エルトン・ジョン
大きなショックを受けている。優しくて、寛大な心を持ち素晴らしいアーティストであった愛する友人を失った。僕の心は彼の家族、友人、全てのファンと共にある
マドンナ
私の友人よ、さようなら!また偉大なアーティストが私たちのもとを去った。2016年、今すぐ失せてくれない?
ナイル・ロジャース
「#RIPGeorgeMichael 君は真の天才だった。君の家族、デイヴィッド、マイケル、それからチームにお悔やみを申し上げます」
以上は、追悼のツイートを随時upしているページのほんの一部です。
残念なことに、最近は私生活の荒んだ様子が報道され、彼の音楽を正当評価してもらえないことが多かったのが、本当に私個人は心残りです。
先に常にsoulを求めていたと書きました。
そのsoulが伝わったからこそ、こうして皆が追悼していると思っています。
R.I.P(安らかに眠れ)
George Michel 有難う!